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 憲法26条関係で論点となるのが「教育権説」です。

 地味な論点ですが、26条関係といえばこれですから、しかたないので^^;、がんばってマスターしちゃいましょう。

 この論点は、国家に普通教育(小中高での教育)の内容を決定できる権限があるか否かの問題です。

 全面的にあるとするのが、「国家教育権説」で、逆に国家には普通教育の内容を決定する権限はなく、全面的に親と教師を中心とした国民全体(といっても事実上は教師)にそれがあるとするのが「国民教育権説」です。

 国家教育権説については、国家が教育内容を決定するということはつまりは、議会制民主主義を基礎とした多数決で普通教育内容を決定するということであり、政治的な事情、理由により、子供に対する教育内容が決められてしまうという批判があります。

 時の政治の事情により普通教育内容が決められてしまうということになると、児童・生徒の人格的発展に悪影響を及ぼす可能性があり、全面的に普通教育内容の決定権を国家に与えるということはよろしくないことは確かでしょう。

 しかし、普通教育の機会均等という観点からすると、教育内容の決定権限を事実上教師に全面的に与えるという「国民教育権説」も極端にすぎるということになります。

 各地あるいは各学校ないしは各教師によって教えることがバラバラということになってしまうと、全国的に一定水準の教育が確保されないということになってしまいます。

 また、以前、教授の自由のところで確認したように、生徒児童は、一般に批判能力に乏しいとされ、教師のいうことを鵜呑みにしてしまう可能性もあり、教師の一存によって極端な内容の教育をされてしまうとこれまた、人格的発展上不当な影響が子供に及ぶ危険性があります。

 普通教育に関する学校や教師を子供及びその親が自由に選択できるという環境も整っていない現在において、

偶々入らざるを得なかった学校や担当する教師が偏った教育を行なっているとしても、これを変更することが容易ではないため、やはり、一定の限度において、全国的かつある程度統一的なカリキュラムを公教育において実施して欲しいと思うのが通常の感覚ではないかと思います。

 全国的かつある程度統一的なカリキュラムを策定するということになると、どうしても国家の手を借りざるを得ないということにもなってきます。

 ということで、「国家教育権説」も「国民教育権説」も、どちらも偏りが目立ち、極端で一方的だということですね。

 YESかNOかの二者択一はわかりやすくて大衆受けはするのですが、勧善懲悪の時代劇や○○ライダーや○○トラマンの世界ではないんですから、法学ではそういう極端にすぎる選択はあまりしないものです。

 法律の世界は、バランス感覚を大事にして、矛盾・対立する意見の調整をいかにするかを考える(これこそが法的思考というものだと思います。)大人の世界なので、大衆・子供番組のような勧善懲悪的思考はしないということです。

 今回のテーマに関する最高裁の判断もまさに矛盾・対立する意見の調整をいかにするかを考えたものであり、判例は、普通教育内容の決定は、役割に応じ、国民(教師等)・国家が分担して行なうべきであるとする「折衷説」の立場にあります。

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 それでは、このテーマを取り扱った判例(最大判昭51.5.21:いわゆる旭川学力テスト事件)の判旨を確認してみましょう。

 まず、判例は憲法26条につき以下のように述べています。

「憲法26条の規定は、福祉国家の理念に基づき、国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに、

子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性にかんがみ、

親に対し、その子女に普通教育を受けさせる義務を課し、

かつ、その費用を国において負担すべきことを宣言したものある。」

 この部分は26条全体の解釈について述べたものであると考えられます。

「26条の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、」

 この部分は、26条のバックグランドには、「学習権(学習する権利)」というものがあって、それは子供だけではなくて、大人も含めた国民各自にあるということを述べています。

 しかし、大人は自分で稼いで本を買って自習したり、稼いだ金で学校に行ったりして、自らの財力と判断で学習することが子供に比べて容易ですね。

 あくまでも子供に比べて容易だということです。

 もちろん、実際はとりわけ行政書士試験を受験しようとしている社会人の皆様は、非常に大変な思いをされて受験勉強をされていると思います。

 が、それにしても、子供に比べれば、自分で稼いで、自分で時間を作って勉強することは容易だと思います。

 子供の場合は、親が「あんた、そんな勉強なんてしなくていいよ。親の仕事を手伝いなさい。」みたいな感じで、また社会的にも義務教育のような制度がないと、大人と違って自分で学習するということは困難だということです。

 だからこそ、子供の学習権こそが、しっかりと確保されるべきであるということになります。

 そこで判例は、

「特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。

換言すれば、子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足をはかりうる立場にある者の責務に属するものとしてとらえられているのである。」

と述べ、26条の中心は、子供に対する大人の支配的権能についてではなく、「子供の学習権」とそれに対応する「大人の義務」にあるかのような見解を示しています。

 少子高齢化、ニート・フリーター増加社会、格差社会たる現在においては、再チャレンジ政策等のための大人の学習権の方が重要になってくるかもしれませんが・・。(^^;

 建前は置いて考えると、子供なんて、十分すぎる学習環境を与えたとしても、

遊びたい盛りですからそうそう勉強なんてしませんし、だいたい、世界的に見ても、義務教育学習環境が非常に整っていると思える日本でも、

例えば中学校で習うような内容を完全理解できている日本国民はいかほどいるのでしょうか?

 中学校程度の数学の問題を解けない大人は山ほどいるでしょうし、(以前の行政書士試験にはこの程度の数学の問題が出ていたのですが、解けなかった人も多かったものと思います。)

一般に中学程度の英語がわかれば、日常会話や簡単な手紙を書くことはできるといわれているのですが、日常会話も手紙も英語でできない日本人がほとんどであることでしょう。

 ところが大人になってから勉強されようと思う人は、とても真剣にがんばりますし、人生経験を積んでいることと相まってよく理解もされる。

 学生時代にあれほど嫌いだった英語を大人になってから、○バや○ーオン、○ーキャン等で、一所懸命、自分で稼いだお金で勉強されて、

ちゃんと英会話ができるようになったり、英検やTOEICトーイック)を受験されて合格されたり、ハイスコアを叩きだしたりする人がたくさんおられますね。

 ですから、大人が学習した方が身になりますし、そういう意味で大人の学習権を充実させる方が本当は社会的にもいいような気もするのですが、

これらはここでの主題ではないので、本題に戻りまして、とにかく行政書士試験勉強的には、とりあえずは、子供の学習権を主体に考えるということです。 

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 そして、その子供の学習権に対応する教育の役割分担について、判例は以下のように述べています。

1.親の役割と権限

「親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの将来に対して最も深い関心をもち、かつ、配慮をすべき立場にある者として、

子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち子女の教育の自由を有すると認められるが、このような親の教育の自由は、主として「家庭教育等学校外における教育」や「学校選択」の自由にあらわれるものと考えられる。」

 つまり、親の役割は、家庭教育や学校選択等にあり、これらについては親に自由があるということですね。

2.教師の役割と権限

「知識の伝達と能力の開発を主とする普通教育の場においても、

例えば教師が公権力によつて特定の意見のみを教授することを強制されないという意味において、

また、子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、

教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」

 上記によると、普通教育の教師の役割は、「知識の伝達と能力の開発」らしいです。

 (ちなみに、大学教育の役割は、「専ら自由な学問的探求と勉学」)

 そして、その役割を果たすため、これは、教授の自由のところでもやった内容ですが、普通教育の教師も、公権力による特定意見のみを教授する必要はなく、一定範囲において、自由な裁量のもとで教授・教育を行え得る自由があるとしています。

3.国家の役割と権限

「それ(上記1.2.)以外の領域においては、

一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、

国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、

憲法上は、あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、

必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるをえず、

これを否定すべき理由ないし根拠は、どこにもみいだせないのである。」

 つまり、上記1.2.以外が国家の役割と権能であり、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についても決定できるとしています。

 ただし、国家の役割と権能については一定の限界があり、その限界について判例は、

「政党政治の下で多数決原理によつてされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によつて左右されるものであるから、

本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によつて支配されるべきでない教育にそのような政治的影響が深く入り込む危険があることを考えるときは、

教育内容に対する右のごとき国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請されるし、

殊に個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、

子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、

例えば、誤つた知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法二六条、一三条の規定上からも許されないと解する」

としています。

 ちなみに、上記判例の基となった事件において議論となった「中学校学習指導要領」の当否については、

1.おおむね、中学校において地域差、学校差を超えて全国的に共通なものとして教授されることが必要な最小限度の基準と考えても必ずしも不合理とはいえない事項が、その根幹をなしていると認められる。

2.中には、ある程度細目にわたり、かつ、詳細に過ぎ、また、必ずしも法的拘束力をもつて地方公共団体を制約し、又は教師を強制するのに適切でなく、

また、はたしてそのように制約し、ないしは強制する趣旨であるかどうか疑わしいものが幾分含まれているとしても、

当該指導要領の下における教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や、

地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されており、全体としてはなお全国的な大綱的基準としての性格をもつものと認められる。

3.その内容においても、教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制するような点は全く含まれていない。

4.それ故、上記指導要領は、全体としてみた場合、「教育政策上」の当否はともかくとして、((筆者注)当該政策的当否は裁判所が判断することではないですね・・。立法ないし行政の役割です。)

少なくとも「法的見地」((筆者注)法的見地から考察するのが裁判所の役割です。)からは、

上記目的のために必要かつ合理的な基準の設定として是認することができるものと解するのが、相当である。

としています。

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